« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

手段と目的

最近「婚活」なんて言葉をあちこちで目にする。
今は結婚も就活と同程度の重みしかないものなのだろうか。
相変わらずマスコミは軽薄な言葉を流行らせたがるもんだ。
「婚活」が消えた数年後には「離活」なんて言葉が流行るんじゃないだろうか。
結婚も就職も一緒。
イヤなら辞めればいい。危ないと思ったら辞めればいい。自分の為にならないと思ったら辞めればいい。対象が人であっても同じさ。つまり会社はもちろん、他人も自分の幸せや利益、保身の為の手段としての存在でしかないってことね。
人は手段にすぎないのだ。「幸せになりましょう。でも、不要だと判断したならばポイッでいきましょう。無駄なくいきましょう」
こんな言葉が流行る背景にはそういう風潮があるんだろう。

願わくは、お互いを目的として見なしあえる人と結ばれたい。
傍にいること「それ自体」が幸せと感じられる誰か。感じてくれる誰か。
歳をとって老いて死ぬまで「目的という絆」で結ばれていたのなら、どんなに幸せな人生なんだろう。
この先の人生で出会えるだろうか。出会えなかったら、それもまた運命か。
見苦しく慌てずに。兄弟よ、時を待て。

|

潜在

酷い夢にうなされて起きた。
最近はずいぶんと楽になったと思っていたのに、今更こんな夢を見るとは…。
夢の中の自分はとても臆病で狭量。イヤになるよ。
理性が働かないと、感情の針が極端から極端に振れてしまう。
睡眠中は前頭葉の活動が相当弱まるんだなぁ。

|

今の生活

何か楽しみが欲しいなぁ。
脳ミソが疲れた時の気晴らしがほしい。
前からやってみたいと思っていた、バイクへのナビ装着に挑戦してみようかな。
少しずつ情報を集めてトライ・アンド・エラーをするのはいい気分転換になるかもしれない。
失敗したら逆効果だけどねー。

|

富士

綺麗な星空が見たくなったのだ。
ヤフーの星空指数を見たら富士吉田は星4つだったので、富士の五合目駐車場を目指して車で行ってきた。
結果は酷いもので、富士スカイラインで10メートル先も見えない濃い霧(雲?)に危険を感じて途中で断念。
5時間と20リットルのガソリンを無駄にした。
何やってんだろ、自分。
こういう時は、あんまり遠くに行くもんじゃないな。
余計に寂しい思いをしただけだったよ。

|

ようやく

集中力が戻ってきたかな。
精神的にもかなり楽になってきた。
それは即ち、独りに慣れてきたってことか。あまり喜ばしいことでもないけどさ。
また暑い夏が来る。
まともな心身で乗り越えなくちゃ。

|

誰がために

朝は新聞配達をしている。
配達の途中には小さな神社の前を通る。自分はこの場所が好きだ。
闇の中にぼんやりと浮き上がるその姿は、そこに何かが臨在しているような感覚を受けさせる。
自分は無宗教者だが、無神論者や不可知論者ほどは神の存在に対して否定的ではなく、漠然とだが大いなる何かの存在は信じている。
それは人格を持つ「神」というよりは「梵」という響きに近い存在かもしれない。
神社や寺、教会等の人の想いが集まる場所は、俗世の泥にまみれながら生きている日常では意識していないその存在を思い出させてくれる。
ほんの10秒くらいだけれども、祈る。
想いというものは現実に作用すると信じて。
今日も大切な人達が健康で、元気で安全でありますように。
イラついていたり、荒んでいる時でも誰かのために祈ることで内面が潤うのを感じる。
夜も眠りに落ちる前に心の中で10秒ほど感謝し、そしてまた祈る。
我に執着すると心が荒む。
人は誰がために祈る。
大切な人達のために。
自分の心のために。

|

you asked for it

痛みを感じると、人はその原因を外的な世界や人間に向けがちになる。
見当違いの怒りや憎しみは何も生まずに、人生をますます狂わせる。
この世で自身の身に降りかかるほとんど全てといってよい痛みは自分が呼び寄せたものなのだ。不条理な痛みなんてものは、そうそうあるものではない。
自分が過去に蒔いた種の結果が、現在食べている苦い果実である。
それを忘れないように肝に銘じよう。
時々、自分はバカになる。
痛みを感じたら、自己に向かってこう言うのだ。
you asked for it!

|

一人の食卓

自分のためだけに生きるって人生ってのは、一人で食べる食事のように、どんなに豪華で高価だろうが味気ない。
誰からも必要とされない生活も長くなると、そのうち食べる事自体に興味が失せてくるんだろうな。
気を付けなくちゃ。

|

こんな場所に…

昨日、ムクドリのフン害に困っていると書いたばかりなんだけど、今朝その原因が分かった。少しでもフンに当たらないようにと車を庭の奥にバックしていたら、頭上からチュンチュンと鳴き声が。
「ん、近い…」と見上げると、二階にある雨戸の戸袋が目に入った。
どうやら、そこから鳴き声が聞こえているようだ。
まさか…と思って確認してみたら、…いたよいたよ。
結構大きいんだけど、まだ飛べないであろうヒナ鳥が3羽。
見つかっちまった、という表情で息を殺している姿がなんとも哀れじゃないか。
懐中電灯で戸袋の奥を照らしていたら、親鳥の群れがギャーギャーと騒ぎ出した。
なるほどねー。こいつらに餌を運んでいたわけね。
夜中にここら辺からカタカタ音が聞こえていたけど、てっきりネズミかと思っていたよ。
洗車するたびに愛車をクソまみれにされて怒り心頭だったけど…、やっぱどんな生き物でも子供は可愛いな…。
まぁ、たかが鳥のフンだしな。人糞だったら殺すけど。
しばらくしたら大人になって飛んでいくだろう。はよでっかくなれよ。

Bird01

|

気晴らし

梅雨で外は雨だし、仲のいい友人は結婚しているか遠くにいるかだし、家では一人で話す人なんていないし。
ふと心の穴が気になった時の気晴らしといったら、こうやって他愛無い文をつらつらと書くこと意外に思いつかない。誰が読むかも分からない文を。
まぁ、自分が読み返せればいいのだ。心の軌跡なのだから。
ブログを振り返ってみると、5月から急に更新回数が増えてんのね。心の充足感と書く頻度は反比例するんだな。
しかし、心機一転でブログを一新したってのに、速攻で試練の連続に見舞われてて笑えるよ。
このブログはどのくらい続くのだろう。数年は続けるかもしれないし、明日やめるかもしれない。いや、今は書いていて心が休まるから明日ってことはないか。
心がある程度満たされていると別に書く気になんてならないから、その時が止め時なんだろうね。
早くそんな日に辿り着ければいいなぁ。

|

ムクドリ

最近、やたらと鳴き声のうるさい鳥が群れで家の周りに発生している。
ざっと数えたところでも20羽以上はいるよ。
ギャーギャーと、かなり耳障りな鳴き声を発する。
調べたら、こいつらはムクドリという鳥らしい。
まぁ、鳴き声がうるさいくらいだったら別にいいんだけどさ、フン害が凄まじいのね。
鳥ってのは体を軽くするために常にフンをするから、群れをなすとなるとその量たるやハンパではない。
庭の上に張られた電線に止まるもんだから、その下にある車のボディ全体が鳥のフンだらけ。1日に10発以上は投下しやがる。
先日には車体を綺麗にしていたら後頭部に着弾。なんてコントみたいな被害にあったしさぁ。笑えんよ、ここまで酷くなると…。
しかし…なんで、いきなり発生したんだろう。以前はいなかったよな。このうるさい鳴き声は記憶にないもの。
犬猫と違って忌避剤なんてないだろうし、あったとしても一体どこに設置しろと。
つまり、されるがままなんですな。
悔しいのう。

|

強く優しく

人としてこの世に生を受けた以上は優しくありたい。と同時に強くありたい。
強さを伴わない優しさを持つことは人生を地獄と化すことに繋がる。
強く、優しく。
負けてなるものか。

|

時の中に

すぐに疲れる。疲れが抜けないってのは相変わらず。
起きている間は意識的にポジティブな心持ちに持っていけるけど、心が素の状態の寝起きだけは辛い。朝は新聞配達をしているので真っ暗闇の中で起きる。
音楽でも聞いて、しばし気を紛らわす。
スプリングスティーン、あんたはもう心の一部になってしまったよ。
ずっと、このままなんて事はありえないんだ。
時という全てを溶かす溶媒の中に消えていく。必ず、痛みは消えていく。
けど、同時に愛おしさや温もりも消えていくんだ。
忘れるという事は幸せなことなのだろうか、不幸せなことなのだろうか。

|

夢なのか

純粋で一生懸命で、繊細で想像力が豊かで…。そして、少しだけ怖がりだった。
そういう気質だから、たぶん感じる不安も人一倍だったんだろうな…。
自分みたいな楽観主義者でさえ不安を感じる未来だったんだから、彼女はその何倍もの不安を感じていたんだろう。そう推し量りながら昔の詩を読んでいると辛くなる。
その不安から解放された今、少しは楽になれていますように。

自分が追っているものは夢なのだろうか。
最初は確かにそうだったけど、そのうち夢とは異質のものが混入してきた気がする。
今まで積み重ねてきたものが何の形にもならぬままに終わる…そう考えると空気を吸ってるのも億劫だ、と感じるこの感情。こんなもんを夢といえるのか。単なる意地ではないのか。大切な人を失ってまで執着するものなのか。
「愚か者は遠いところに幸せを探し求め、賢者は足元にそれを育てる」
ある詩人が言った言葉が胸に刺さる。
この目的が成就して胸のつっかえが取れたその先に、はたして幸せは転がっているのだろうか。誰もいないその場所に。

|

目を慣らす

灯火を失った直後は目の前が真っ暗になり何も見えなくなる。
けれども、その闇は全くの漆黒であるはずはないのだ。
じきに暗闇にも目が慣れるさ。
足元に注意して歩いていこう。

|

道に戻る

連絡しないと思っていたんだけど、心配になってメールしてしまった。
相変わらずのつれなさだったけど、一応返信が来て安心した。ありがとう。
悪い胸騒ぎも解消されたことだし、なんかある意味吹っ切れたな。
なんにせよ、元気に生きている事に勝る幸せはないよ。
お互いが更に幸せになれればいいんだ。
考えてみれば、捨てられた側が捨てた側を心配するってのが変なんだよな…。
お人好しも大概にしておこう。
もう自分の事だけを考えて進むよ。
また缶詰生活に戻ろー。

|

思い入れ

先日、新型カブ110が発表された折に
「原付とバイクを手放してこれ一台に絞ろうかなぁ」
と書いたのにカチンときたのかどうか知らんけど、バイクのライトの球が切れやがった。
いやー、余りにもタイミングが良かったので、こいつには本当に魂でも宿っているのかと思ってしまったよ。
もう10年以上の付き合いになる愛機。ここ数年は車メインの生活になりバイクには乗らなくなったので何度も手放そうかと思ったけど、二束三文の値しかつかなくて思い出が多すぎて手放せなかった。
思えば、色んな想いを抱えて走ったなぁ。
たくさんの喜びや哀しみを…主に哀しみや苦しみを。
また一つ、思い出が増えそうだよ、マイ・バイク。

|

なんだかんだ言って

腐ってしまったな。
また、うまくいっていた時の生活に戻らなくては。
必要な時以外はネットに繋ぐべきじゃないんだよなぁ。
わざわざ心を乱す情報の海にダイブする必要はないのだ。
寂しいから、ついつい飛び込んでしまう。

|

あ~あ、昨日・一昨日は見事に腐臭を放ったなぁ。くせーくせー、軟弱男。
まぁ、飾らずに格好つけずに、ありのままの心の軌跡を記録していこう。
それがこのブログの存在意義なのだから。弱さや醜さも真実の一部なのだ。
自分の心の傷に目を向ければ心が腐る。
人の心の傷に目を向ければ悲しさや無力感に苛まれる。
傷ってのは厄介な代物だなぁ。
そんなものを無視できるほどのガサツさっていうのか強さがあれば、さぞや人生ラクなんだろうけど、こればっかりは生まれ持った性格だからなぁ。
心の傷を明日への力へと昇華させるだけの力がほしい。
この孤独を通して心の足腰を鍛えよう。

|

詩の軌跡

一体どんな未来を夢見ていたんだろう。
一つだけ分かることは、何ひとつとして叶えてあげられなかったということ。
何ひとつとして。
そして、叶えてあげられぬままに終わってしまったこと。
泣きたくなる。
無能な人間には愛される資格などないのだ。
何ひとつとして返せやしない。

|

心の隙間

固く閉じていても、ほんの僅かな隙間でも出来ると灰色の水がそこから入り込んで来て、この心を冷たく満たす。24時間、何かに集中するなんてのは人間には無理なことで、必ず隙間はできるものなんだ。そして、一旦隙間からその水に侵入されたら、しばらくは窒息するような息苦しさを感じる。
特に、今みたいに空白の時間と誰もいない空間の中での生活では隙間が多くできる。今日はヤバいな。久々に波が来てる。

あれ以来、目に映る世界はモノクロのままだ。当初はこの喪失感は彼女を失ったことに起因するものだと思っていたんだが、時間が経つにつれて実はそうじゃなかったことが分かってきた。大好きだった彼女が幸せになれるのなら、辛いけれども別れという選択も受け止めよう。幸せになれなかったら許せんけどさ。
この未だ消えぬ喪失感の本質はもっと根深いところにある。
何の疑いもなく持っていた、人と人の絆に対する信頼感。心さえ繋がっていれば、結ばれた手は決して離れないという安心感。これらが幻だと悟った時に感じた驚きと衝撃こそがこの喪失感の本質で、これが世界を灰色にしているものの正体だったんだ。
人は離れていくのさ、たとえ心は繋がっていようとも。たとえ現実に不幸や困窮に直面していなくても、危ないと思ったら手を離すんだ。
いい年こいて子供じみた幻想に幸せを感じていた自分が馬鹿だったのだ。
辛い過去を二人で乗り越え、沢山の喜びを共有し、道端で咲く小さな幸せを見ながら感じた強い絆、心の平和。
一蓮托生の人にやっと巡り逢えたという幸福感。
しかし、それらの幸せや安心感は幻で、心を委ねたその絆は「不安」という不確定なものにすら断ち切られるほどに弱かった。
その冷たい現実が隙間から入り込み、心を窒息させる。

|

バスケットボールが弾みながら階段を落ちるように、自分の心も浮き沈みを繰り返しながら落ちていった。
ここ数日は跳ね返ることもしなくなり、低い位置で静かに静止している。
多分、ここら辺の高さが現状に見合った心の場所なんだろう。
このまま冷たい底を転がっていくしかないな。止まっているわけにはいかないのだ。

今日も明日も明後日も、おいらにゃ喜びなんて待ってない。
今日も明日も明後日も、おいらにゃ安らぎなんて待ってない。
今日も明日も明後日も、おいらにゃ誰も待ってない。

長い人生だもの。そんな時代だってあるさ。
挫けずに行こう。腐ってなるものか。

|

新型カブ

新型のスーパーカブ110が発表された。
ホンダのサイトを見てみたけど、いい。うん、すごくいい。
4速化とフロントサスのテレスコ化なんて、カブ好きの皆が涎を垂らして待っていたものじゃないだろうか。
樹脂ボディ採用でプラスチッキーになってしまった事は残念だけど、それでも今度の新型は期待大だなぁ。
110ccで8馬力もあれば、生活の下駄としては文句なしだろう。燃費は90ccの旧カブよりいいみたいだし。
原付とバイクを手放してこれ一台に絞ろうかなぁ。
とはいえ初期ロッドは避けたいので、とりあえずは様子見かな。

|

バイクの講習会

警視庁が催しているバイクの安全運転講習会に何年かぶりに行ってきた。
今日はいい天気だったせいか、百台以上の激混み。
プロテクター着用が義務化となり、敷居が高くなったので多少は台数が絞られてんだろうと思ってた自分が浅はかだった…。
いるわいるわ、ゴツいプロテクターを剥き出しにした猛者どもが。
日中は温度が30℃近くまで上がったので、これからの季節は体力に自信がないと参加は見合わせたほうがいいかもね。自分はしばらくは無理そう。
でも、まあ久しぶりに熱く走れて、多少は気が晴れたかな。
警察が主催なので教科書通りの運転を教えるだけかと思いきや、かなりハードな走行をするので始めて参加する人は面食らうかも。

|

W杯出場決定

4大会連続。おめでとー、サッカー日本代表!
稀にみる糞審判にもめげずによく頑張ったなぁ。
本当に、稀にみる糞審判。
ワンサイドな笛ばっかり吹きやがって、しまいには岡田監督が選手に指示しただけで退席処分。何だ、ありゃ。アウェーの域を完全に超えていたよ。
それにしても、「解説:松木安太郎」は相変わらず笑える。
「あっ!ああーーー!!」と絶叫したかと思えば、「おぅ!ほぉぉお…」と悶えたり。
解説として呼ばれているのを完全に忘れて試合観戦に没頭してんだもん。
最初は鬱陶しかったけど、最近の実況ではこの人がいないと寂しく感じるから不思議。

|

はぁ

駄目だなぁ。
全く集中力が戻んないや。精神的にハイと鬱を繰り返して無駄に疲れてる。
昔の友達と会って下らない話でもしてゲラゲラと笑いたいなぁ。
今の生活だと、ほとんど独り。
こういう時の孤独ってのは本当に疲れる上に、気力を回復させるのが難しい。
早く人と交わりたい。

|

身を委ねる

人は定めされた流れの中で生きている。
紆余曲折はしながらも、結局はその人その人の流れからは外れられずに流れていく。
自分は大いなる流れを信じ、その流れにこの身を委ねよう。
流れに乗って生きているのか、そうでないのかは心の奥底に聞いてみればいい。
きっと答えてくれる。
変に焦らずに、変に怖がらずに、安心してこの身を委ねよう。
この流れが最終的に大海に出るのか、はたまた滝壺に落ちるのか。
この流れの中で誰かと手を繋げるのか、それともこの先の流れの中には自分以外は誰もいないのか。それは運命。抗わずに受け入れよう。
無力な人間にできることは、その流れに乗って流れていくことだけ。
努力を怠ると淀みにはまる。
知恵がないと障害を回避できずに衝突してしまう。
愛や誠実さを失うと冷たく暗い川底に沈んでしまう。
それだけさ、注意すべきことは。
身を委ねて流れていこう。青い空を見上げながら。

|

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »