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2009年7月

バタバタ

朝刊を配っていたら、カブトムシがひっくり返って足をバタバタさせていたので指に掴まらせて木に戻してあげた。
よく見る光景。一週間くらい前にも同じような事があった。
あれは何なんだろう。ひっくり返ったら元に戻れないのか、それともひっくり返ってることを認識できていないのか。
どんな理由かは知らないけど、そのまま力尽きてるカブトムシ等の昆虫をよく見る。
カブトムシなんて強い昆虫の代名詞で子供の頃は憧れの存在だったのに、あの死に方はないだろう。そんなカブトムシ、見たくないよ。
立ち技ではやたらめったら強いけど、寝技に持ち込まれたら何もできないボブ・サップみたいじゃないか。

昆虫ってのは一見するとグロいけど、よくよく見るとその機能美にうっとりする。
長い長い年月をかけて、それらの機能を獲得したんだろう。
でも、その進化の過程で、何故こんなにも基本的だが致命的な機能を付け忘れてしまったのかを考えるとすごく不思議。

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朝焼け

朝刊を配るマンションの五階から見る朝焼けがものすごく綺麗。毎朝のちょっとした楽しみだ。
でも、来月からはうちの新聞は取らなくなってしまうので残念。
もう八月かぁ。あっという間だな。
そろそろ本格的に深く潜らなくてはね。

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時は寛容

ベッドから起き上がり、歯を磨こうと寝ぼけ眼で鏡を見たら一気に目が覚めた。
そういや坊主にしたんだな、自分。

昔の夢を見た。
結構しんどくて、生きているのがあまり楽しくなかった頃の夢。
夢の中で夢だと気付き、この頃に戻りたいと思った。
目を開けた後、枕の中でその夢の余韻に浸りながら感じた切なさ。
記憶の中から楽しい事だけを取り出して覚えている人は幸せな人で、辛い事だけを取り出して覚えている人は不幸な人だそうだ。
だとしたら、自分は幸せな人間の部類に入るのかな。
今のこの時も、数年後にはそういう時代として振り返られるんだろう。
時の審判は寛容で、大抵の傷や痛みは良い思い出として判定してくれる。
ただ一つ、後悔だけは見逃してはくれない。それだけは注意して毎日を過ごそう。

それにしても、五分刈りはやりすぎたか。ちょっと後悔。

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丸刈り

前髪が目にかかってそろそろ鬱陶しくなってきたので床屋に行ってきた。
原付を飛ばしながら、今回はどんな髪型にしようか考えた。
今は会社勤めしているわけではないし、メスに求愛ダンスを踊ってる場合でもないし、別にどんな頭でも構わんなぁ…。
ということで、機能性を重視して丸刈り決定。
シンプル・イズ・ザ・ベスト!と意気揚々と散髪屋へ。

刈る前に気付くべきだったが、痩せ気味だと坊主頭はあまり似合わんなぁ。
濃いめの顔なので、そんなにヘンにはならんだろうと安易に刈っちゃったけど体格も考慮すべきだったか。
なんか昭和の貧相なガキみたいになってしまった。適度に筋トレしよう。
でも、このサッパリ感はクセになりそう。
潜水生活にも集中できるだろう。

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命綱

人が堕ちる穴には当たって分かるような底と呼べるようなものがない。
その穴は果てしなく深く暗い。
人間なんて危うい生き物で、常にその穴の上でミノムシみたいにブラブラしているんだ。人との絆や、関係性の中で必要とされる喜びや、未来への希望など、人によって色々あるんだろうけど、そういったものが糸となりその穴に堕ちないようにと繋ぎとめている。
でも、何かと移ろいやすいこの世界では、これらは時として切れてしまうんだ。
切れるさ、案外あっけなくプチっと。
だから、絶対に切れてはいけない、切ってはいけない命綱が必要なのだ。自分をまだ光ある場所に繋ぎとめておく命綱が。
社会から否定されようと、世間から見下されようと、人に見限られてどんなに惨めな思いを抱いても、決して自分は自分を見離さない。
見捨てない。見限らない。決して自分の存在を否定しない。
自分で自分を見放した瞬間に、その最後の命綱が切れる。
堕ち行く闇の深淵の先に待つものは破滅。
弱く優しき人は樹海でひっそりと首を吊り、馬鹿で血の気の多い奴なら包丁を持って通行人を襲うのさ。

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cloudy

少し青空が顔を覗かせたかと思えば、すぐに灰色の雲が現れて天を塞ぎ、やがて雨を降らせてこの身を惨めったらしいネズミのようにずぶ濡れにする。
最近の天気は自分の心をそのままに反映しているかのようだ。
痛みや恐怖は何とか対処できたけど、惨めさだけはどうしようもないな。
考えてみりゃ、この類の惨めさは初めての経験だ。傘を持ってなければ濡れるのも当たり前なのさ。しばし、ずぶ濡れになりながら考えましょう。
根性をひん曲がらせずに、なんとかやり過ごさないとなー。

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すぐやめる

バイトでも仕事でも、すぐに辞める人と長く続ける人に分かれる。
新聞配達も例外ではないんだけれども、ちょっと極端。
続ける人は最低一年以上は続けるけれども、短い人は1日~3日で消える。
今回の人も二日でやめた。このヘッポコがぁ。
巷じゃ評判の悪い中国人留学生とかの方がよほど真面目だし根性もあるよ。

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バイクの車検

ユーザー車検に行って来た。
合計で2万円くらい。前回と比べて安くなった気がしたので調べてみたら、自賠責保険が7,000円くらい安くなってるのね。
基本的なメンテは自分でできて、ヘンテコなカスタムとかしない人にはユーザー車検は本当にお勧め。安くて早い。
しかし、車検は通してみたものの、バイクには乗らなくなったな、本当…。
ヤフオクを見てみたら、自分のバイクは車検と自賠責付きだと10万円くらいの値が付きそうなんだけど、どうも売りに出すのは躊躇してしまう。
思い入れの多いマイ・バイクが大切に乗られればいいんだけど、もう年式も古いし距離もいってるし、果たして大事に扱われるかどうか。
下品な改造をされたり、分解されてパーツごとにバラ売りされたら悲しすぎる。
手塩にかけて育てて嫁いでいった娘が嫁ぎ先でDVにあってる気分なんだね。
かといって、知人に譲っても、その人が事故って死んだりしたら後味が悪すぎるし。
う~ん、優柔不断。
バイクとしては乗ってもらったほうが幸せなんだろうけどなぁ。

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アンバランス

頭ギシギシ
心ポッカリ
時間の隙間は相変わらず憂鬱だ。

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断言

Yahoo!天気情報トップ > 星空指数 > 関東・信越 > 山梨県 > 東部富士五湖
「星空はまったく期待できません! 指数:0」

随分とはっきり言ってくれるじゃないの。
楽しみにしていたのにさ…。

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さよなら夏の日

世間は三連休だから、どこに行ってもゴミゴミしているんだろうなぁ。
20日の夕方に富士スカイラインの規制が解除されるから、晴れたらお星様でも見に行こうかな。往復で6時間もあれば足りるだろう。
それまでは部屋にこもって勉強していよう。

さよなら夏の日。
言うには少し遅すぎたかな。

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犬も喰わん

ブーブー言って他人を攻撃したがっている時ってのは、大抵は自分自身がくすぶっている場合が多い。ちょっと気をつけよう…。
それなりに充実したエネルギーの使い方をしていれば、誰が何をやってようがあまり気にならないものなんだ。
不平不満なんて犬も喰わないし、なんの心の足しにもならない。
許せないのは自分ってことにしておいた方がよほど実になる。
命の不完全燃焼で発生させたガスは、責任を持って自分で吸い込もう。
周りに撒き散らしたり、人様に吹きかけたりするのは賢くない。

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重い

夏の暑さは体の重さを2割増しくらいに感じさせる。
そろそろエアコンを稼動させようか。
あの部屋のエアコンは窓コンだから電気代を食うんだなぁ…。
致し方なしか。ダルさで失う集中力を考えれば安いもんさ。
暑さに負けずに頑張ろう。

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脳内旅行

ちょっと頭が疲れた時にはツーリングマップルを見て、バイクで走りたいルートを見つけてはそれをナビに登録している。
それだけで結構楽しくて満足してしまったりする。
通販カタログを見て、買った気分に浸れるアレと一緒だね。
安上がりな旅だこと。

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青い空

ハッブルのサイトから宇宙の写真をダウンロードしてきて、それを壁紙にした。
数百の銀河があまねく、なんともロマンチックなデスクトップだこと。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、引いて見れば喜劇である」とはチャップリンの言葉。
事象はそれを眺める距離や立ち位置によって顔が異なる。
そして、その各々の距離や角度で見せる顔はそれぞれが正しいのだ。
もっと肩の力を抜いて、もっとフレキシブルに生きていくためにも色々なレンズを揃えておきたいなぁ。
見方によっては大したことないようなことで、まるで世の不幸を全て背負ったような顔をしているのも間抜けな話じゃないか。
体と頭が重くて陰鬱な気分になったので散歩に出たら、相変わらず鳥たちは楽しげにさえずっていた。相変わらず、空は青く高かった。
自分の悩みなんてものは、この世からしてみれば取るに足らないものであり、そしてそれも数ある客観的な事実のうちの一つなのだ。
「何を今更」という話だけど、視野狭窄に陥っていると忘れやすいので心の片隅に留めておこう。暗くて見えなくなったらレンズを換えろ、と。
単焦点レンズ、望遠レンズ。この場所から、空の高さから。たまには銀河の外から自分を眺めてみるのもいい。
柔軟な物の見方ってのは、きっとそういうことをいうんだろう。どのレンズを使うかは適材適所なのだ。
一つのレンズや一つの立ち位置しか持ち合わせていない人生は、生きるには余りに息苦しい。

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見た目だけでも涼しく

梅雨も終わったみたいで、いよいよ夏らしくなってきたなぁ。
テンプレも涼しげなやつに変えようっと。
ココログは色々なテンプレを用意してくれているから嬉しい。
ブログってのは管理が本当にラクだー。

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休日

何もやるべき事もなく
何に追われることもなく
何も考える必要もない
そんな一日を休日というんだろう。
いつの日か、そんな休日を楽しめる日がくるだろうか。
それも今のささやかな夢の一つなのかもしれない。

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ベンチ要員

「使われないからって腐っていじけてベンチで文句ばかりたれてるくせに、いざピッチに出させると何もできない。そういう選手が最低なんだ」

何年か前にサッカー日本代表の監督ジーコがそんな事を言っていた。
至言だなぁ。今の自分に贈りたいよ。
いつ何時、どんな出番があるかなんて分からないものなんだ。
ベンチでの生活も長くなると腐り気味になる。
そんな暇があったら精進、精進。逆境で必要なのは希望とひたむきさ。
出番はきっとある。

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飛んでった

ここ数日はムクドリの鳴き声も深夜の物音もしなかったので、雨戸の戸袋を覗いてみたら子供の姿がなかった。
やっと飛んで行ったらしい。やれやれ、やっと平和になったよ。
しかし…「立つ鳥跡を濁さず」なんて諺があるけど、あれはどんな鳥を見て出てきた諺なんだろう。少なくともムクドリには当てはまらないようだ。
濁しまくって飛んでった。
なんか、赤く小さな虫もいるし。これはダニだろうか。
習性として一回巣を作った場所には来年も来るらしいので、ちゃんと対策をしておかないとなぁ。

そろそろ、梅雨も終わりそうだ。暑い。
一昨日に作った味噌汁を今日飲もうとしたら、ヘンな臭いがしてダメになっていた。
もうそんな季節なんだなぁ…。集中しないと。
あと少しで大好きなヒグラシの鳴き声を聞ける。これだけは夏の楽しみ。

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信じること

「私は万有引力の法則を信じる」なんてのは変な話で。
「私は太陽の存在を信じる」なんてのは変な響きで。
確たる根拠に裏打ちされたものを肯定することを「信じる」とは言わない。
確かな根拠がないもの、証明して言えないからこそ、「信じる」という。
ゆえに、信じるという行為にはエネルギーがいる。危険が伴う。勇気がいる。
だからこそ尊いんだ。

何でもかんでも信じてしまうのは、ただのお馬鹿さんだけれども
何でもかんにでも根拠を求めるってのも実に冷めた話で。
信じられるものが何一つとして存在しない世界は生きるには冷たすぎるよ。
そんな世界に生きるくらいなら、むしろ埋葬でもされてしまった方がマシなのだ。
土の中の方がまだ暖かいだろう。
自分やかけがえのない人、かけがえのないものだけは信じたい。
何の根拠も求めずに。

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糸電話

人と人の心は糸電話のようにお互いが糸を引っ張って初めて伝わる。
片方が手を緩めてしまったら、もうダメなんだ。
何も聞こえなくなった紙コップを捨てることも出来ずに、たまに空しく耳に当てている。
何も聞こえず。何も感じず。
この弛緩した糸を手繰っていったその先はどうなっているのだろう。
手を緩めているだけで、まだコップを手にしてくれているのだろうか。
それとも、誰に握られることもない紙コップだけが寂しく転がっているのだろうか。
暗すぎて、遠すぎて、何も見えない。

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克己

自分に命令を出さない人間は、永遠に満たされぬ人生の主役を演じる。
己に克つとは、その命令に従うこと。
心の奥底に潜む、その声に耳を傾けて従うこと。

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まだいる

もう七月なんだけど、ムクドリの家族は雨戸の戸袋に作った巣からまだ出て行かない。
ギャーギャーとうるさい鳴き声は相変わらず。夜中はガタガタと物音を立てて、糞はそこが便所とでも思っているのか我が愛車の上に投下し続けている。
いい加減、子供はもう飛べるだろう。そろそろ出て行って欲しいんだが。
まさかと思うけど、こいつら戸袋の巣をマイホームにしようと思ってるんじゃないだろうな…、と不安になってきた。
許しませんよ、そんな暴挙は。こっちは子供が巣立つまでという前提で仮初めの軒下を貸してやってんだ。
大体、この俺の菩薩のような慈悲のお陰でカラスや猫に襲われる心配もない快適な場所に住めているってのに、その恩情に感謝するどころか、目が合うだけで親の仇のようにギャーギャーと叫び、それだけでは飽き足らずに人の車をクソまみれにしやがって。
憎たらしい鳥だよ。
こいつらの所業を見ていると、インコのピーは本当に可愛かったなぁ…、と思い出しては切なくなる。

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